『青年社長』から学ぶ―ワタミはなぜ「ブラック企業」となり、しかも失敗したのか

ワタミの凋落が話題に上って久しい。昨年は110億円を超える経常赤字をマークし、虎の子であった介護事業の売却を余儀なくされた。

今後はファミレス型の総合居酒屋を取りやめ、専門店への改装を進めていく方針ということだ。しかし最新の第一四半期決算でも5億円規模の赤字を計上している。前途は依然厳しいと言わざるを得ないだろう。

ところで、このワタミの創業者である渡邉美樹氏(現在は参議院議員)の立志伝的な小説が1999年に発売されている。高杉良『青年社長』である。

青年社長(上)<青年社長> (角川文庫)
 

 知人に紹介されて本書を通読した。本書に触発されて企業を志すものも多いと聞くが、やめたほうがいい。本書は「ブラック企業大賞」に始まる騒動、そしてワタミモデルの崩壊を10年前に予言している。目から鱗の「失敗の教科書」なのだ。

青年ワタミ社長の根性論経営

ワタミが失敗した第一の原因は、ワタミのビジネスモデルが簡単に模倣され、陳腐化しやすいものであったことだ。「和民」出店当時は斬新であったファミレス型の総合居酒屋というコンセプトは、直ちに白木屋をはじめ、他チェーンの模倣するところとなった。また、既に豊富なメニューを用意している他業種が酒類を提供することで和民の競合として立ち現れることにもなった。

しかし、そもそも渡邊社長はなぜこのような被模倣性が高い業態を選択したのか?その原因は、和民が最初に手がけた「つぼ八」チェーンのフランチャイズにおける成功体験にある。フランチャイズは、いうまでもなく経営の自由度が極端に低い開業形態だ。商品の仕入れ先からアルバイトの教育、メニューに至るまで、フランチャイズ契約に則ってマニュアル通りに行わなければいけない。だから、フランチャイズ店の成長は「立地」や「努力」によって大いに左右される。立地は容易に変えるというわけにはいかないから、ワタミは後者を選び、当時の居酒屋業界で頭一つ飛び抜けた成功を収めた。

「渡邊は、「つぼ八・高円寺北口店」でサービスの差別化に心を砕いた。

「まずお店をきれいにしよう。テーブルクロスも、必ず取り替えること。お客様の靴の出し入れは我々がやろう。おしぼりは、膝をついて、開いてお渡しするんだ。しかも途中で二回目を出す。極端に聞こえるかもしれないが、お客様に対しては奴隷になったつもりで接するぐらいの気持ちの持ち方がいいと思う」

 渡邊は、横浜、関内の「遊乱船」で経験した接客のあり方を、「つぼ八」に持ち込み、居酒屋のイメージを一新した。しかも社長兼店長が率先して「奴隷」になるのだから、アルバイトの学生たちも従わざるを得ない・・・サービスの差別化は集客に直結する・・・わずか半年で千五百万円に売上げが倍増、利益は・・・十倍も増加した。

「奴隷」という言葉に反発したオーナーや店長もいたが、「要は気持ちの問題です。接客態度に謙虚さが求められるのは当然でしょう。それを強い言葉で表現したに過ぎません」と渡邊は反論した。
「渡美商事は特別変わったことをしているわけではないのです。サービスの差別化は飲食業に限らず、サービス業全てに求められていることです・・・ありふれたことの積み重ねにすぎません」

渡邊自身が「気持ちの問題」と表現したことが全てを物語っている。気持ちの問題であるからこそ、「つぼ八」から引き継いだアルバイトを少し再教育するだけでサービスの向上を実現できた。経済学的な言い方をするなら、生産要素を増やさずに生産量を増やすことができたのだ。渡邊は、自身のリーダシップによって労働者の賃金を上げずに努力をさせるという究極のフリーランチを掘り当てた。

ところが、その発見も数年もすれば、日本全国の飲食店に知れ渡っていくことは避けがたい。外国人の流入、主婦パートの増加にともなって労働市場が緩和したこともあり、このフリーランチはどの飲食店でも発掘されるに至った。最近では、外国人労働者が働く居酒屋でもおしぼりを開いて渡してくる。こうなってしまえば、和民のサービス水準はまったく「差別化」されていない「あたりまえ」のものになってしまう。

企業はしばしば、「価格競争」という悪手に陥りがちである。価格競争は本質的にクラウゼヴィッツがいうところの「相互作用」であり、こちらが用量を増やせば相手も同じく用量を増やし、どちらかが限界を迎えるまでそれが繰り返される。ワタミはサービスの質を向上させることで他の居酒屋から顧客を奪い、いったんは大成功を収めた。しかし、他店が指をくわえて見ているはずがない。「気持ちの問題」でしかないからこそ、我も我もとサービスを向上させ、顧客を奪い返しに来るに決まっているのだ。

いったんはワタミに破れた居酒屋たちが復讐戦に打って出たとき、ワタミはそれでも顧客を引き留める術を何一つ持っていなかったのだ。

低い企画力とイエスマン役員

ワタミも、単に「根性でサービスを向上させる」という模倣が容易な方法ではなく、既存の居酒屋の設備や従業員、店舗をそのまま転用することが困難な新規性の高い業態を開発していれば、相互作用的な競争に陥らずに済んだはずだ。

しかし、ワタミにはそれができなかった。時間も資金も土地もあったが、人材がいなかったのだ。

渡邊社長は、明治大学の出身である。学生時代からリーダシップの高さで知られ、学生会的な組織を率い、児童養護施設向けのチャリティーコンサートを大成功させる。その頃から渡邊に従い、起業の夢を共有していた同期が創業期の役員となった。正社員は「つぼ八」でアルバイトをしていた13名の学生・フリーターである。

この時点で、渡邊社長以下の役員・正社員に新規性の高いビジネスモデルの発案を期待するのは困難と言うべきだろう。役員は大学時代から渡邊の部下であったわけだし、アルバイトは本質的に「言われたことをやる」のが仕事だ。根本的に従属的な立場であり、それに満足していた者だけが役員と正社員を占めている。

では渡邊社長本人はどうか。もちろん、「つぼ八」のフランチャイジーに甘んじることをよしとはしておらず、独自業態のお好み焼き屋「唐変木」を開業している。後にはこれを発展させ、宅配専門の「KEI太」を展開。しかし、結論から言えばこれらは両者ともに失敗し、ほどなくして閉店を余儀なくされている。

「オシャレ志向のお好み焼き店」である唐変木

「講演旅行の途中、大阪で食べたお好み焼きに舌鼓を打った渡邊は、思わず膝を打って「これだ!」とひとりごちていた。渡邊は、帰京後、さっそく「関西風のお好み焼きハウスを渡美で出店しよう」と提案した。

「関東ではお好み焼きはチェーン化されていないが、関西ではチェーンがいくつもあって、いずれも繁盛している。関東ではお好み焼きが日常食になっていないが、潜在需要はあると思うんだ。渡美独自のブランドを持つためにも研究してみる価値はあるんじゃないか」

唐変木の今後の展開が楽しみですねぇ。居酒屋みたいに高収益は望めないでしょうけど、なんといってもワタミ独自のブランドですから」

「黒澤は、大阪と広島で苦労したからなぁ。唐変木に対する思い入れの深さは俺以上だろう」

「そんなことはありませんよ。私は社長命令に従ったまでです」

として開業したが、数年で

「恥を晒すことになりますけど、東急百貨店の吉祥寺店に・・・出店したのですが、調子が良かったのはほんの二,三箇月に過ぎませんでした。近くのスーパーが持ち帰りの安いお好み焼きを売り始めたからです。結局、今月末で撤退することになりました・・・屈辱的敗北ですよ」*1

「下北は立地条件を間違えました。リーダーとして不明を恥じなければなりません。可及的速やかに撤退する方向で考えたい・・・」

 として不調になり、

唐変木の撤退を決断せざるを得ない。その理由は、業態と時代のミスマッチだ。雰囲気、サービス面で、お好み焼きに付加価値を付け、高単価で売るのが「唐変木」だった。そのためのコンセプトは「おしゃれ」であり、「美味しいお好み焼き」であった。しかし、「おしゃれ」が高単価のイメージなのに対して、「お好み焼き」は低価格、庶民的というイメージを持つ商品である。いわばコンセプト内にミスマッチがあり、ベーシックな業態ではなかった。

といった理由で撤退されることになる。また、唐変木から

とりあえず直営店でデリバリーサービスを始めるが、現代の個食化傾向にマッチしているので、KEI太に対するニーズは増大すると予想されます。庶民の味、お好み焼きの宅配は必ず成功する・・・」

として派生した宅配お好み焼き店の「KEI太も、

平成6年に入ってKEI太の業績はいっそう深刻化し、渡邊は撤退の経営決断を迫られることになる。

「KEI太は撤退せざるを得ないと思う。もはや救いようがないところまで来ていることを、四日間のデリバリー経験で思い知らされたよ。お好み焼きは、わいわい言いながら、お店で食べるものなんだろうねぇ。それと、関東では高級な食べ物のイメージが強いようだ。唐変木も低落傾向にあることを考えると、関東と関西の文化の違いに行き着くのだろうか」

「・・・KEI太は雰囲気、サービスというプラスアルファなき業態なるが故に、全くの商品勝負で、ワタミらしさの「こころ」を表現することができなかった。商品だけが価格の決定要因である宅配は、ワタミの文化とマッチしなかったということになる。ミスマッチの宅配がうまくいくわけがない。撤退の決断は間違っていなかったと思うんだ」

などの理由で撤退に至る。

しかしながら、これらの記述に少しばかり注意を払うと、たちまち複数の矛盾に突き当たる。「関東では高級なイメージが強い」お好み焼きが、なぜ他方では『「お好み焼き」は低価格、庶民的というイメージを持つ商品』とされているのだろう。また、「お好み焼きは、わいわい言いながら、お店で食べるもの」であるならば、どうして東急百貨店では近隣のスーパーが安価なお好み焼きを販売したことによって集客が落ち込んだのだろう?

経営判断がおよそ合理的ではないのだ。そのうえ、初期の役員・社員が上述の理由によってイエスマンによって占められやすい構造であるため、渡邊社長の論理の弱さを誰も指摘できなかったということだろう。

低いコンプライアンス意識と上辺だけの「理念」

よく知られていることであるが、ワタミは「理念経営」の先駆け的な存在である。本書によれば、ワタミの理念は「一人でも多くのお客様に、あらゆる出会いとふれあいの場と、安らぎの空間を提供すること」である。また、「会社は、社員が幸福になるためにある」とも謳っている。

しかしながら、この『青年社長』にはワタミの低いコンプライアンス意識が恥ずかしげもなく描かれている。

午後四時に出店して準備を始めるアルバイトのタイムカードの打刻を五時にして、時給(九百五十円)の一時間分を短縮するせこいことを考え出したのは、笠井である。 「〝KEI太〟はいま現在、

赤字なんだ。きみたちも協力してくれよな。そのかわり、黒字になったら、その分必ず挽回させてもらうからな」

・・・否とも言えないが、挽回はできなかったのだから、結果的にはアルバイトを騙したことになる。

 アルバイトの立場からしてみれば、毎日一時間もタダ働きをさせられ、そのうえ約束された補償もなく、解雇までされるのだから泣きっ面に蜂である。「会社は社員が幸福になるためにある」とは、いったい何だったのか。

また、創業期からの役員である金子、黒澤の両名は「実力主義というワタミの社風をより確かなものにするために、ワタミの「●●ができる人が役員」という人事の文化を守るために退任するのである」として課長に降格する。ところが、物語終盤で商品開発課長の山口なる人物が退職する場面があるのだが、ここで唐突に「山口は縁故採用だった」と明かされる。実力主義とは、何だったのか。

更にいえば、宅配お好み焼き店創業時の「現代の個食化傾向にマッチしている」というビジョンも、理念である「一人でも多くのお客様に、あらゆる出会いとふれあいの場と、安らぎの空間を提供すること」と相反している。本来であれば個食化に抵抗し、会食の良さを提案すべき立場にあるべきだ。営利企業としては当然の行動ではあるが、やはり儲かりさえすればよいのであって、理念などはタテマエ以上のものではないのだ。

失敗の本質

結局のところ、ワタミが手がけて成功したのは「つぼ八」のチェーンだけであった。渡邊社長は、非常なカリスマ性を備えた実行力のある人物である。それゆえ、「つぼ八」のように完成された実績あるビジネスモデルを忠実に実行すれば、強みを最大限に発揮して大きな成功を収めることができる。

一方で、まったく新しいビジネスモデルを発案する作業にはとことん弱い。そもそも論理的ではないボスを誰も批判できないからだ。ちなみに、ワタミを「裏切った」とされている元役員の金子宏志氏は、現在も「かもんフードサービス」の経営者として第一線で頑張っている。ワタミが今更になって進めている個店化(飽きられやすいチェーン店からの脱却)を当初から選択しており、現在では関東一円に35の店舗を運営している。ワタミフランチャイジーであった「つぼ八」は、創業社長が追放されたにも関わらず現在も320の店舗を展開し堅調な経営を続けている。個人ではなく、ビジネスモデルそのものが優れていたのだろう。

起業家というと、商社マンのようにひたすら行動力があり、実行、実践を重んじるタイプの人間が想起されがちだ。しかし、思慮を欠いた実践は失敗を導き、時にはそれが致命的なダメージとなる。

*1:ちなみに、現在吉祥寺駅付近ではヨドバシカメラの7階に大阪風のお好み焼き店がある。すぐ近くの西友やライフでも惣菜のお好み焼きは売られているが、撤退の兆候はない