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「労働供給の無限伸縮現象」と低付加価値単身者の受難

このブログの筆者は、左翼でもリベラリストでもありません。ですから、本来であれば格差というものは問題視したくないのですが、様々な種類の労働を経験したところ、ヴェブレンの指摘するように「労働者は疲れすぎているので高尚な生き方などできない」ということはどうも真実であると思いました。

かりに疲れる理由がないような楽な仕事であっても、分業の利益が追求されると同時に多くの人が単純労働に就かざるを得なくなっています。実存的な生もないところに豊かさも幸福もないという二重苦です。そこで今回は、「なぜ創造性のかけらもない低賃金の単純労働をするほかない人が増えているのか」という問題意識のもとに、格差問題の原因を探っていきたいと思います。

構造改革と格差

小泉以来の構造改革路線によって、「女性の社会進出」の大義のもと、様々な改革が進められました。具体的には長時間労働が規制され始め、製造業等様々な分野で派遣が解禁されました。また、全国転勤を前提としたメンバーシップ型の雇用システムが女性にとって不利であるとして、「エリア社員」などの導入も始まっています。育休・産休の仕組みも整い始めました。

その結果として、実際に雇用者数は女性と高齢者を中心に増加しています。

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(引用)

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構造改革以前は、「働く」といえば「残業・転勤・終身雇用」の三点セットが大前提でした。ですから、「お給料が安くてもいいから短時間だけ働きたい」という人に与えられる仕事はそもそもの絶対数が少なく、現在主婦や学生のパートが稼いでいる分を企業戦士たちが代わりに稼いでくる、という状況が続いておりました。

 

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しかし、「女性の社会進出」のための「働き方の多様化」により、様々な規制が撤廃され、ひとりの正社員の仕事を多数のパートタイマーに分割することができるようになりました。本来はひとつの階層であった男性の労働者(L1)が、パートタイマーで代替可能な労働者(L2)と代替不可能な労働者(L1)へと分割されたのです。同時に地方への公共事業投資を削減することで人口流入を促進させ、労働力の供給制約はほぼ消滅しました。地方から流入したものの所帯を持てない(女性の所得を上回ることができず結婚できない)単身者が増えたことで、平均家賃も大幅に上昇しています。

また、グラフ上の「(KS)資本余剰」の面積が大幅に増加していますが、これは企業が最高益を叩き出す一方で実質賃金は下がり続けるという現状と符合しています。こちらもご覧ください。

money-and-finance.hatenablog.com

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(引用)

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(引用)

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(引用)

労働需要が逼迫すれば、本来であれば必ず賃金が上昇します。もっとも安い労働力から供給が枯渇していくため、最下層の人々の生活水準が真っ先に向上します利潤のうち事業者や地主が占める割合が減り、労働者が得る割合が増えるのです。

しかし、日本においては

  1. 地方からのほぼ無限の労働供給(=L2)

  2. 外国人の参入(=L3)

  3. 高齢者・主婦・学生の参入(L4)

により賃金の上昇圧力が吸収されてしまったのではないでしょうか。L1=地方からの(低学歴者の)流入は「仕事がない」ために仕方がなく東京に出てくる人が多いのですが、L3(外国人)とL4(主婦)については「労働供給の無限収縮現象」と呼ぶべき動向を見ることができます。つまり、働く必要のない人々が好況になると直ちに労働市場に参入し、低付加価値(=市場で評価されるスキルを持たないので単純労働をするほかない)単身者の賃金水準を抑制する一方で、

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不況になれば真っ先に退出し、生活難に陥る単身者を尻目に、そもそも「働きたいから働いている」②・③の層はまったくダメージを受けないという現象です。伸縮的な労働力である②・③(主婦・老人・学生・外人)の層は、働かなくても食べていけるが、働けば働いた分だけお小遣いになるから働いているに過ぎません。

こうした伸縮的な労働力が存在しなければ、単身者は好況時の貯蓄(労働者の利潤)を利用して生活水準を維持し、また、それによって消費が回復するため再度の好況への呼び水となるのですが、実際には伸縮的な労働力によって賃金水準が引き下げられているため貯蓄が形成できず、不況時にはどんなに不利な雇用条件でも受け入れざるを得ません。文字通り、雇用主への"隷従"を余儀なくされます。

かくして、(オリンピック景気などの)好況は消費が既に飽和している高所得世帯へ追加の貯蓄を積み上げるだけの結果に終わり、市場で評価される付加価値を持たず、パートタイマーと同程度の生産性しか持たない単身者はいつでも最低水準の生活を強いられるのです。消費が飽和している高所得世帯は賃金を貯蓄と投資に充てる為、国債や不動産、貴金属の価格は高騰しますが、生産活動に結びつかないため実体経済は成長せず、いわゆる豊かさには結びつきません。

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非正規問題といえば、新自由主義者からはよく「ほとんどの非正規労働者は、自ら希望して非正規で働いている」との反論が寄せられます。これは疑いようのない事実です。以下引用します。

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引用させていただいたThink out of the box様は

アベノミクスの成果とされる「就業者増加」は、主に「安く雇える非労働力を労働力化した」ことだったと言えそうです。これが「経済的余裕がなくなったために働かざるを得なくなった人々」の増加の反映だとすれば、正というより負の「成果」になってしまいますがどうでしょうか。

と結論づけていますが、不本意に非正規で働いていると回答している労働者の割合が17%に過ぎない以上、この説明は苦しいと言わざるを得ません。むしろ、経済的余裕があるからこそ、低賃金無保証の非正規労働で働くという視点の転換が必要です。

 非正規雇用とは、雇用継続の保証や社会保障がなく、その対価として自由な就業・離職や軽微な職責、短時間・任意時間の勤務等々が認められる雇用形態です。こうした形態で積極的に希望して働くというのは、やはり「お小遣いのために働く」伸縮的な*1労働者以外にありえません。つまり、上記のグラフでいうL4,L3の伸縮的な労働力は、1952万人の非正規労働者のうち1618万人程度を占めているということがわかります。

これらの層は、働かなければ夫の所得、親の仕送り、年金・預金、母国において十分に食べていくことができる人々です。ですから、彼らが働けば働くほど、世帯単位で見れば格差は拡大します。一家を十分に養っていける大黒柱あるいは金融資産がすでに存在する世帯に追加の所得が流入するからです。

総雇用者所得が増えているにもかかわらず格差が拡大するという奇妙な現象の原因がここにあります。

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これは民進党蓮舫議員が国会質問で掲げた看板ですが、実際には安倍政権云々といった問題ではなく、構造改革が開始された90年代初頭以来の長期的なトレンドです。富国生命保険によるレポートでは、より長期のデータが示されています。

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一方で下は先程と同じツイッターから引用した、新古典派による反論です。

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実質のほうが実際の購買力を反映しますから名目は無視してよいのですが、これは、労働者個々人で見れば実質所得は低下しているにもかかわらず、「総」をつけてマクロで見れば増加に転じているということです。先程のデータと総合すれば、分母(総所得)を上回る勢いで分子(労働者数)が増えているため、一人あたりの取り分が減るということがわかります。

単純労働者との市場競争に晒されていない付加価値の高い労働力(=L1)―いわゆる高度専門職や管理職(1128万人)や公務員(340万人)といった、労働市場の状況に左右されない立場の人々の妻や子、そして十分な金融資産を持つ団塊世代、さらには出稼ぎ目的の外国人が労働市場に参入することによって、高い労働付加価値を持たないが自活して生計を立てる必要がある単身者の賃金が抑制され、構造改革によって地方からも焼け出され、TPPによって完全に叩き出される、というのが実情ではないでしょうか*2

今後、政府は保育所の整備を進め、長時間労働を規制するそうですが、これを行うとさらに単身者の優位性(残業や転勤等を受け入れる)が失われ、お小遣いのために働く主婦が輝く世の中へと進んでしまうことになります。その費用を消費増税によって人頭税的に負担するのであれば、尚更です。

*1:賃金弾力性が高い、と言ってしまえばわかりやすいのですが、グラフの直感的なイメージと合わせるために言葉を換えました。

*2:概算の伸縮的労働者数=1618万人と1468万人という「大黒柱」の数は、きわめて近似しているように思います。両者とも2014年のデータです。前者の方が多いのは、おそらく高齢者のためです。