読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「情報の経済学」と倫理―合成の誤謬、合理的期待の視点から

今日は、いわゆる「善さ」、つまり道徳や美徳と呼ばれ、共同体によってその実践が推奨され、称讃の対象となるような倫理の起源について考察を加えたい*1

筆者の仮説は、「あらゆる倫理は共同体のおかれた外的環境の中で、長期的にはもっとも合理的な行動原理を抽象化したものに他ならない」というものだ*2。倫理や道徳といった事柄に限らず、宇宙そのものが特定の意思をもった主体によって意識的に計画・創造されたものではないため、「○○は××のために作られた」という命題は証明できない*3ため、ナンセンスな議論とならざるを得ない。そのため、ここで述べることは倫理が果たしていた多くの役割のうちの一つを言語化し、考察の俎上に乗せる試みにすぎない、ということをお断りしておこう。

属性と「善さ」の体系

さて、見渡してみれば、人は実に様々な属性を有しており、純粋に人間であるというだけの人はもはや発見できないだろう。我々は対象を類(類似する対象に共通する特徴)によって把握するからだ。

早速、小生の書庫の及ぶかぎりにおいて、古今東西の倫理を見渡してみたい。ひとまず、武士道の道徳についてみてみよう。紙幅の関係上、その詳細にまでは立ち入ることができないことをお詫びしたい。

武士道

武士道

 

 

武士道とは、武士が守るべきものとして要求され、あるいは教育をうける道徳的徳目の作法である。それは成文法ではない。せいぜい口伝によるか、著名な武士や家臣の筆になるいくつかの格言によって成り立っている。それは、時には語られず、書かれることもない作法である。それだけに、実際の行動にあたってはますます強力な拘束力を持ち、人々の心に刻み込まれた掟である。

武士道はどのような有能な人物であろうとも、一個の頭脳が創造しえたものではない。また、いかなる卓抜な人物であったとしても、ある人物がその生涯を賭けて作りだしたものでもなかたた。むしろ、それは何十年、何百年にもわたっての武士の生き方の有機的産物であった。

  1. 義ー「正義の道理」こそ無条件の絶対命令
  2. 勇ー「義を見てせざるは勇無きなり」
  3. 仁ー「武士の情け」に内在する仁
  4. 礼ー礼とは他者に対する思いやりを表現すること
  5. 誠ー誠とは実益のある徳行
  6. 名誉ー苦痛と試練に耐えるために
  7. 忠義 ー武士道では個人よりも国を重んじる
    (目次より抜粋)
ゴルギアス (岩波文庫)

ゴルギアス (岩波文庫)

 

快が善のためになされるべきである。

思慮節制ある魂は、すぐれた善い魂だということになる……思慮節制のある人というのは、神々に対しても、人間たちに対しても、当然なしてしかるべきことをなすであろう……神々に対してそうであれば、それは敬虔なことをなすのである。

なぜなら、そのようなことをする者は、ほかのどんな人間にも、また神にも、愛される者となることはできないだろうからだ。というのは、そのような者は、誰とも共同することができないだろうし、そして共同のないところでは、友愛はありえないだろうからだ。

しかし、賢者たちはこう言っているのだよ、カルリクレス、天も地も、神々も人々も、これらを一つに結びつけているのは、共同であり、また友愛や秩序正しさであり、節制や正義であると。だから、そういう理由で彼らは、宇宙を「コスモス(秩序)」と呼んでいるわけだ。

孟子〈上〉 (岩波文庫)

孟子〈上〉 (岩波文庫)

 

「惻隠の心は仁の端なり、羞悪の心は義の端なり、辞譲の心は礼の端なり、是非の心は智の端なり」 

「惻隠」(他者を見ていたたまれなく思う心)

「羞悪」(不正や悪を憎む心)または「廉恥」(恥を知る心)

「辞譲」(譲ってへりくだる心)

「是非」(正しいこととまちがっていることを判断する能力)

ひとまず、封建日本・古代ギリシア・古代中国の順に列挙してしまったが、まず注目すべきは、いずれの倫理も共同体の存在を所与のものとしていることだろう。一見当然のようで、このことは見逃されやすい。『ゴルギアス』で挙げられているのはプラトンの所謂四元徳だが、これらの徳の効用が「共同できる」ことや「秩序」に求められていることは強調されるべきだ。「自立した個人」に道徳も倫理もないのはむしろ必然のことというべきであり、逆に言えば、生存のために共同体を必要としなくなった豊かな社会においては、倫理もまた必要がないということもできるかもしれない。

話が逸れてしまったが、早速、我々の想像力の及ぶ限り、これらの倫理体系がはぐくまれた時代に遡ってみたい。もっとも手近なのは、やはり武士道の生きた封建日本の風景だろう。貴族社会であった奈良時代平安時代には武士道というものは存在しなかった。武士道が生まれたのは、律令制がその崩壊を隠せなくなった平安時代末期のことであった。

「家」の概念、主人としての父親を中心とした家父長制度の成立と主従関係 そのものの世襲的継続がその集団の団結を強固なものにしていき、そこに見ら れる献身の道徳が「武者の習い」として確立していく。

(船津明生『明治期の武士道についての一考察』)

ヨーロッパとは異なり、正統な権威であった朝廷の与える命令や役職がたちまち有名無実化した日本において、人々の生存を保障しうるものは土地と、それを守り抜く実力であった。先に引用した通り、武士道がはじめて筆記された形で表現されるのは江戸時代の山本常朝を待たねばならないが、それまでに何十年、何百年もかけて多くの徳目が醸成されてきたのだ。

思考実験として、もしその時代状況において、これらの徳目が欠けていたらと考えてみよう。もし元寇のさなかで、応仁の乱のさなかで、戊辰戦争のさなかで……勇気がなく、忠義や名誉を軽んじ、しかも礼や仁さえもたない武士がいたとしたら。

プラトンの説いた道徳は、武士道のそれとはことなり貴族階級を想定したものであった。二宮金次郎的な勤勉の徳がないのはそのためだろう。ちなみに、『ゴルギアス』の最後部にまとめて述べられているが、当時のアテナイではキリスト教の世界観を思わせるような天国・地獄への信仰があったことを述べておかねばならないだろう。魂が悪徳に満ちたまま死に至れば、地獄で相応の責め苦を味わうと信じられていた。貴族たちは生産活動をする必要がなかったが、かといって節制をおこたり浪費を続ければ、あらぬ災害によってたちまち奴隷の身分に落ちるようなことも稀ではなかった。また、アテナイの土地を防衛することは自由市民の義務であったが、ここで勇気がなければ、やはりスパルタの猛攻を防ぐことは叶わないだろう。

このように、様々な倫理体系が発生し、普及した当時の時代状況を振り返れば、その環境の中でそれらの倫理に従うことが生存のために合理的であったか、少なくとも非合理的ではなかったということにほぼ例外はないように思える。万が一合理的でない戦略を倫理化した共同体があったとすれば、たちまち他の共同体の攻め滅ぼすところになるだろう。また、災害の力が現在より大きかったであろうことも見逃せない。気象予報も防潮堤もない近代以前の世界において、地震津波、火災に対抗する手段は、祖先代々の言い伝えの中にしか見出せないだろう。筆記の力を持たない庶民階級にとってはなおさらであるし、紙、活版印刷の普及以前は貴族階級も同じ状況にあったことだろう。その好例として、東日本大震災においてにわかに注目された「此処より下に家を建てるな」と記された石碑を挙げることができるだろう。

高き住居は児孫に和楽、想へ惨禍の大津浪、此処より下に家を建てるな。 明治二十九年にも、昭和八年にも津波は此処まで来て部落は全滅し、生存者、僅かに前に二人後ろに四人のみ幾歳経るとも要心あれ。

この教えをまもった宮古市の姉吉という地区においては、実際に建物被害が全くなかったという。多くの倫理は父祖の尊重を説き、また神格化することさえ稀ではないが、こうした背景を思えばまったく不思議ではない。

かかる事情を考慮すれば、倫理の体系が果たしてきた役割は、以下の二点に集約できるのではないだろうか。

【倫理の二大効用】
  • 合成の誤謬の防止
    (戦場において自分だけが逃走すれば間違いなく助かるが、全員が逃走すれば共同体が滅ぼされてしまう)
    (農耕に勤しむよりも他者の農地から収穫物を盗んだほうが楽であるが、全員がそれを期待して農耕を放棄すると、全員の食糧が欠乏してしまう。)

  • 合理的な長期的期待の形成
    (食べることは快だが、かといってそれを毎日節度なく続ければ肥満し寿命を縮めてしまう。しかし、その必然は実際に経験するまで認識できない。時間を通じた合成の誤謬の派生である。)

人間の本能は不完全である。本能は人間を生物的な危険から防ぐ働きがある。快苦は本能からもたらされるシグナルだ。空腹の苦痛を克己心やら何やらと言って無視し続ければいずれは餓死に至るだろうし、トレーニングといって肺の痛みを抑えて走り続ければ、遠からず喀血して地に伏すことになる。とはいえ、餓死を恐れる本能にしがって四六時中摂食を続けては肥満、虫歯、高血糖などあらゆる病気の出迎えるところになるし、体の損傷を恐れてまったく外出を怠れば、たちまち起臥すら困難になる。

一方で、理性の恣意をもってしてもなお、人間の行動は合理的たりえない。ある魚は食べられた、次の魚も食べられた、ではこのフグも……といって"帰納的に"中毒死した者は幾人にも上るだろう。人間の生産活動に必要であった自然環境の中には、経験によってしか予知しえない危険が多くあった。それらの経験を交換・継承するために共同体は不可欠であったことだろう。情報は常に有限であったため、いかに思慮を尽くし、本能を克服してもヒトは個人で生存することができなかったのである。

現代は、上記に説明した倫理のはたらきが、ますます必要でなくなっている時代だといってよいだろう。印刷やインターネットの普及によって、先祖代々の口伝や同輩の忠告に耳を傾けずともある程度合理的な行動を選択できるようになった。そのうえ、自国のみならず世界中の歴史を母国語で参照できるのだ。情報の不完全性はほとんど克服されているが、「コミュ力」がないよりはあった方がよい、という程度の状況であろうか。

一方で、現代においても必要とされており、実際にある程度「生きている」倫理もいくつか挙げることができるだろう。それは「勇気」や「勤勉さ」といった種類のものだ。「ニート」という言葉にいくばくかの非難の意が込められているのも、親の蓄財があるからといって誰もが働くのをやめてしまえば、貨幣は交換すべき対象を失い、蓄財は等しく紙くずに帰してしまうからだ。国防の必要性は今なお色あせないばかりか、ますますその重要性を増しているように思われる。

倫理は共同体の中で共有され、個々人の道徳として学習される必要がある。しかも、それぞれの徳目の間の優劣の関係も共有されていなければならないだろう。さもなければ「共同」が困難になるからである*4

乱文をお詫びしつつ、本日はここまでとしたい。別の機会に、現代のリベラリズムフェミニズム運動がなぜ社会規範を部分的にしか解体できないのかということを明らかにしてみたい。

*1:つまり、個々人の内心レベルのポリシーは道徳、その中でも共同体によって承認されているものを倫理と呼んでいます。だからこそ不道徳という言葉あっても不倫理という言葉はないのですね

*2:友人に話したところ「ようはマルクスの言っている、下部構造が上部構造を規定するってやつだよね」と指摘された。そうなのかもしれない。

*3:「あらゆる生の目的は種の保存である」ということも同じく証明できないでしょう

*4:国家も家族も大事なのですが、家族>国家と家族<国家の兵士が混在していたのでは、警察や自衛隊すら機能しないでしょう