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「正義」を手放すことは怒りを手放すこと

最近、一向にブログの更新が滞っている。 もともとは社会正義の存在を信仰して始めたブログなので、社会正義よりも結果、金銭を崇拝する生活に切り替われば更新が難しくなるのは当然のことかもしれない。気がついたら、はてなの契約更新さえも怠っているあり…

「情報の経済学」と倫理―合成の誤謬、合理的期待の視点から

今日は、いわゆる「善さ」、つまり道徳や美徳と呼ばれ、共同体によってその実践が推奨され、称讃の対象となるような倫理の起源について考察を加えたい*1。 筆者の仮説は、「あらゆる倫理は共同体のおかれた外的環境の中で、長期的にはもっとも合理的な行動原…

限界効用理論から考える「承認の独占」について

「限界革命」とは、経済学における効用の捉え方に「限界(margin)」を導入し、古典派から新古典派への進化を可能とした学術上の革命のことです。いつ誰々が何々の論文を、という話は忘れたので下記を参照してください。 さて、この限界革命により、経済学は効…

実存主義に対する共同体の意義、および「価値中立的」なリベラル社会が新自由主義に回収される原因について

うろ覚えだが、聖書にはこんな言葉がある。 あなた方は、神と富とに兼ね仕えることはできない。 両方ともに素晴らしい物に見えても、両者を同時に手に入れることができないという場合は多い。そうしたジレンマのひとつに、個人主義(Atomism)(的なリベラリズ…

「マイノリティ」をどう扱うべきか―鉄棒から考える、平等と配慮と大浴場について―

鉄棒の時間 今日、名古屋大学高等教育センターが作成したこんなウェブサイトを読んだ。 大学教授がマイノリティへ配慮しつつ授業を行うためのハウツーが書かれている。 配慮が必要とされる理由は、マイノリティは差別されていて、常に不快感、あるいは疎外感…